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昨日10月20日は皇后陛下の御誕生日でした。誠におめでとうございます。

昨日、10月20日は皇后陛下のお誕生日でした。誠におめでとうございます。

昨日は、皇后陛下のお誕生日(地久節)、誠におめでとうございます。宮内庁のホームページに皇后陛下のご文書、ご動静の記事がありましたので、謹んで紹介させていただきます。
誠に有り難うございます。感謝合掌

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h24sk.html


皇后陛下お誕生日に際し(平成24年)
宮内記者会の質問に対する文書ご回答


問1 東日本大震災から約1年7カ月が経ちます。古里に帰れない被災者は多く,復興への道筋は簡単なものではありませんが,今年はロンドン五輪で日本選手団が大活躍し,日本を元気づけた年でもありました。皇室に関連しては,「女性宮家」の創設が政府で検討される中,皇太子ご夫妻の長女・愛子さまは,おひとりで元気に通学されるようになり,秋篠宮家では長女・眞子さまが英国留学され,来年には次女・佳子さまが大学進学をされる節目の年となります。長男・悠仁さまも小学校進学を控え,健やかに成長されています。この1年を振り返ってのご感想をお聞かせ下さい。


皇后陛下
東日本大震災からすでに1年7ヶ月が経ちましたが,質問にもありましたように,復興への道のりは険しく,被災した多くの人々が,今も各地で苦しい生活を余儀なくされています。痛ましいことに,災害以来これだけの月日が経っておりますのに,行方不明者の数は今も2千7百名を超え,家族の人々の長引く心労を思わずにはいられません。また,目に見えぬ放射能の影響下にある福島や周辺地域の人々の不安には,そこを離れて住む者には計り知れぬものがあると思われます。どうかこれらの人々が,最も的確に与えられる情報の許(もと),安全で,少しでも安定した生活が出来るよう願うと共に,今も原発の現場で日々烈しく働く人々の健康にも,十分な配慮が払われることを願っています。

今年は4年に1度の五輪と障害者五輪がロンドンで開かれ,多くの日本選手が立派に活躍し,私どもに心楽しい興奮と,少し眠い数週間を贈って下さいました。被災地の人たちへの大きな贈り物でもあったでしょう。

この五輪の時期を含め,今年の7,8,9月は例年にも増して暑く,とりわけこのような高温に慣れぬ北海道や東北の人たちにとり,辛い夏であったと思います。集中豪雨も多く,昨年に引き続き西日本の各地が大きな被害に遭い,被災者の中には今なお避難生活を続けている人のあることを案じています。8月には南海トラフ巨大地震の被害想定が発表され,大災害の可能性の高いこの列島に住む私どもが,どんなに真剣に災害につき学び,かつ備えねばならないかを,深く考えさせられています。

皇室では,6月に三笠宮寬仁親王が薨去され,三笠宮同妃両殿下お始め,ご家族の皆様の深いお悲しみをおしのびいたしました。お若い女王殿下方が,どうか健やかにこれからの人生を歩まれますよう祈っております。

この1年の記憶に残る出来事の一つとして,先述の五輪,障害者五輪における日本選手の活躍と並び,スカイツリーの完成がありました。日曜日の朝,よく陛下と散策中に東御苑の本丸跡に登り,近くのビルの上に少しずつ姿を現し,やがて完成に向かう姿を見ておりました。関係者の細やかな注意により,高所で働く人の多いこの大工事が,大きな事故もなく終了したことに安堵と誇りを覚えます。

新しい横綱の誕生も,今年のよい報せでした。これまで一人横綱を懸命に務めて来た白鵬関の長い間の苦労を思っています。

世界の出来事としては,世界の人口が遂に70億に達したこと,打ち続く世界経済の不況と失業率の上昇,長引くシリアの内戦や各地のテロ,とりわけシリア内戦における日本の女性ジャーナリストの惜しまれる死などを記憶しますが,喜ばしく,又驚くべきニュースの一つとして,日本の学会もそのことに関わった,ヒッグス粒子の発見がありました。今から3年前の夏,何名かの日本のノーベル賞受賞者の方々のお招きにより,陛下のお供で筑波で開かれたアジア・サイエンス・キャンプに参加した折,ポスターセッションでこのヒッグスという珍しい言葉に何度か出会っており,十分に分からぬながらも「知ってる,知ってる」という感じで,一入(ひとしお)嬉しく思ったことでした。

この回答を書いております今,山中伸弥教授のノーベル医学・生理学賞受賞の嬉しいニュースが入ってまいりました。山中さんの許(もと)で,又,山中さんのこれからのご研究の上に,これから更に幾つもの業績が一つ一つ重ねられ,難病の患者方を始め,苦しむ多くの人々の幸せにつながっていくことを願っています。


問2 天皇陛下は昨年11月に気管支肺炎で入院され,今年2月には心臓の冠動脈バイパス手術を受けられました。皇后さまは献身的に付き添われ,大変ご心配になったと思います。当時のご心境や,具体的にどのようにお支えになられたかをお教えください。陛下は無事に回復され,英国ご訪問や被災地ご訪問など以前と変わらないペースで公務を続けていらっしゃる印象ですが,来年には80歳を迎えられ,健康面では今後一層の配慮が必要になります。お元気に公務を続けるために,両陛下はどのような健康管理をされていらっしゃいますか。


皇后陛下
2回にわたる御入院生活,とりわけ心臓の冠動脈バイパスの御手術の時は,不安でならず,只々お案じしつつお側での日々を過ごしておりましたが,全期間を通じ,東大,順天堂,二つの病院の医師方が,緊密な協力のもと全てを運んで下さいましたことは,有り難く,本当に心強いことでした。力を尽くして治療に当たって下さった医師や医療関係者に深く感謝すると共に,皇居や各地で陛下の御回復を祈って記帳して下さった方々を始め,心を寄せて下さった国内外の多くの方々に,心から御礼を申し上げます。

よい御手術をお受けになりましたのに,陛下には術後お食欲を失われ,結果的に胸水がいつまでも残り,御退院後2度にわたり,胸水穿刺(せんし)をお受けにならなければなりませんでした。一時は,これで本当によくおなりになるのだろうかと心配いたしましたが,少しずつ快方に向かわれました。そして執刀して下さった天野先生が御退院時に言われたとおり,春の日ざしが感じられるようになった頃から,御回復のきざしがはっきりと見えてまいりました。歩行が日増しにしっかりとおなりになり,3月にはご一緒に御所の門を出て,ノビルやフキノトウを摘みにいくこともできました。

何よりも安堵いたしましたのは,陛下が御入院の前から絶えずお口にされ,出席を望んでいらした東日本大震災1周年追悼式にお出ましになれたことでした。5月の御訪英も間ぎわまで検討が続けられたようでしたが,実現いたしました。ウィンザー城で御対面の女王陛下も日本の陛下もお嬉しそうで,お側でお見上げしながら,私もしみじみと嬉しゅうございました。

陛下や私の,これからの健康管理については,これからも医師や周囲の人々の助けを得,陛下の御健康を尚一層,注意深くお見守りしつつ,しかし全般的にはこれまでとさほど変わりなく過ごしていくことになると思います。

季節と共に美しく変化する自然に囲まれて日々を送ることが出来る幸せに感謝しつつ,特に痛かったり,不自由の感じられる体とも何とか折り合って,心静かにこれからの日々をお側で送ることが出来ればと願っています。

問3 宮内庁は4月,両陛下のご意向を受けて,土葬から火葬への変更を含めた喪儀方法の見直しを検討すると発表しました。生前にお決めになったことで時代の変化を感じ,自身や家族の人生の終え方について考えるきっかけになった国民も少なくありません。宮内庁幹部の会見では,両陛下が喪儀の簡素化を望むお気持ちがあることから検討が始められたと伺っております。また,皇后さまが陛下とご一緒の合葬の方式はご遠慮すべきだとお考えであることも伝えられています。ご喪儀の見直しについて,陛下とどのようなお話をしていらっしゃるのかお聞かせください。

質問3については,宮内庁としては,事柄が両陛下のご喪儀に関することであり,この問題に対するお気持ちを皇后陛下のお誕生をご慶祝する日にお示しいただくことは適切ではないと判断し,別の機会にご回答いただき,お伝えすることとしました。


この1年のご動静及びお誕生日当日のご日程

皇后さまには,本日,満78歳のお誕生日をお迎えになりました。

この1年も皇居内外で様々のお務めを果たされ,ご多忙な日々をお過ごしになられました。この間,天皇陛下は,昨年11月6日から24日まで気管支炎及びマイコプラズマによる気管支肺炎で東京大学医学部附属病院に入院され,また,冠動脈バイパス手術のために今年2月17日から3月4日まで同病院に再び入院されました。皇后さまは,お心を込めてご入院の準備に当たられたほか,ご入院中は,延期のできないご公務をお一人でお務めになりながら,毎日,陛下のお側に付き添われ,献身的に看病されました。とりわけ,陛下が冠動脈バイパス手術をお受けになられた時は,ご手術の前後6回にわたり病院にご宿泊になりました。ご退院後も陛下の健康維持に心を配られています。

この1年間,皇后さまとしてのお立場でお務めになったお仕事は289件ありました。

昨年3月に発生した東日本大震災に関しては,発生後からこれまでに46回にわたり関係者から被害状況や復旧状況等について説明をお受けになっていますが,昨年のお誕生日以降も復興状況,支援活動や放射能除染活動の状況等について10回にわたって説明を受けられました。昨年11月の東日本大震災消防殉職者等全国慰霊祭,今年3月の東日本大震災1周年追悼式は,いずれも陛下にはご退院後間もない最初のご公務でありましたので,陛下をお支えになるようにしてのご臨席でした。また,今年5月に宮城県仙台市で開催された第14回IACIS国際会議の開会式に臨席された折に,同市の応急仮設住宅を訪問されたほか,7月には東日本大震災の翌日に発生した長野県北部地震により甚大な被害を受けた長野県栄村を,また,10月には放射能の除染作業が行われている福島県川内村と田村市をそれぞれ訪問され,陛下と共に被災者を見舞われ,支援者をお労(ねぎら)いになりました。

公的な地方行幸啓としては,この他にも昨年10月に第31回全国豊かな海づくり大会ご臨席のため鳥取県に,今年5月に第63回全国植樹祭ご臨場のため山口県に,9月に第67回国民体育大会総合開会式ご臨席のため岐阜県にお出ましになりました。また,6月には国際幹細胞学会10周年記念セレモニーご臨席のため神奈川県横浜市を,9月には敬老の日にちなむ施設等ご訪問として埼玉県和光市・さいたま市を,10月には昨年11月に予定されながら陛下ご入院中のためお取りやめとなった山梨県の恩賜林「武田の杜保健休養林」ご視察のため甲府市をそれぞれご訪問になりました。地方行幸啓は10県16市2町2村に及びました。

なお,ご公務としての都内へのお出ましは,陛下との行幸啓の29回に加え,この1年は東日本大震災支援関連行事への願い出が増えた関係で皇后さまお一方の行啓も26回を数えました。

皇后さまは,この1年もまた,産業,文化,科学,芸術,スポーツ等の振興や社会貢献に尽くされた人々を労(ねぎら)い,励まされました。陛下のお側で18にわたる授賞式や記念式典などにご臨席になり,その受賞者等と懇談され,また,「昭憲皇太后と赤十字展」等の展覧会をご覧になったり,東日本大震災支援のためのチャリティーを含む各種のコンサートを鑑賞されました。皇后さまお一方では,いのちの電話開局40周年記念式典,全国赤十字大会へのご臨席や,「ねむの木賞」受賞者とのご接見があったほか,日本赤十字社の活動状況や国立ハンセン病療養所の現状についての説明ご聴取等がありました。

献穀者,賢所勤労奉仕団及び皇居勤労奉仕団へのご会釈は65回を数えました。

外国を訪問され,多数の外国からの賓客を接遇されるなどして,国際親善の増進にも尽くされました。

天皇陛下には今年3月のご退院後もしばらく胸水がたまる症状がおありでしたが,症状が改善された5月16日から20日まで,両陛下して英国を訪問され,英国女王陛下ご即位60周年記念午餐会並びにチャールズ皇太子殿下及びコーンウォール公爵夫人主催の晩餐会に出席されました。現地では,東日本大震災支援に携わった英国の日本関係者を招いてお会いになり,協力への感謝をお伝えになりました。

国賓の接遇については,陛下ご入院中の昨年11月に来日されたブータン国国王陛下及び王妃陛下には皇后さまがお一方でご挨拶になりましたが,今年3月に来日されたクウェート国首長殿下とのご会見,10月に来日されたマレーシア国国王陛下及び王妃陛下の歓迎行事,ご会見,宮中晩餐には陛下と共にお出ましになりました。また,陛下と共に,コスタリカ国大統領閣下,ペルー国及びスロバキア国の大統領閣下及び同令夫人を公式実務訪問賓客としてお迎え,午餐を催されたほか,ザンビア国大統領閣下及び同令夫人とご会見になり,ベトナム国首相夫妻,モンゴル国国家大会議議長夫妻,マレーシア国上院議長夫妻をご引見になりました。さらに,スウェーデン国国王陛下及び王妃陛下,ベルギー国皇太子同妃両殿下,リー・クァンユー・シンガポール国前首相府内閣顧問を御所でのご夕餐に,リヒテンシュタイン国皇太子殿下を御所でのお茶に,第6回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳夫妻等23名を宮殿での茶会にお招きになりました。皇后さまお一方では,デンマーク国王子ヨアキム同妃両殿下(陛下ご不例中),ポーランド国大統領夫人を御所でのお茶にお招きになりました。

在京の外交団との関係では,この1年間に着任後間もない32か国の大使夫妻をお茶に,着任後3年経過した16か国の大使夫妻を午餐にお招きになり,離任する12か国の大使夫妻にご引見を賜りました。日本から赴任する45か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり,帰国した53か国の大使夫妻をお茶に招いて任地の話をお聞きになりました。

今年6月6日に寬仁親王殿下が薨(こう)去され,両陛下はお悲しみのうちに5日間の喪を服され,ご遺族と悲しみを共にされました。薨(こう)去の直後4回にわたり寬仁親王邸を訪問されたほか,斂葬の儀及び百日祭の儀の後に拝礼のため豊島岡墓地に行幸啓になりました。

宮中祭祀については,天皇陛下のご不例によりご代拝となった冷泉天皇千年式年祭の儀,大正天皇例祭の儀,春季皇霊祭の儀・春季神殿祭の儀及びおみ足の捻挫によりお取りやめとなった元始祭の儀,暗くなってから行われる御神楽の儀については欠席されましたが,それ以外の祭祀には全て列せられました。

今年のご養蚕始の儀は5月に英国をご訪問となったことから,例年より1か月遅い6月初旬となりました。恒例の行事を含めご公務の合間に26回にわたり桑畑,野蚕室,御養蚕所等においでになり,野蚕の山つけや収穫,桑つみ,ご給桑,わら蔟作り,上蔟,繭掻き,毛羽取り等の仕事に当たられました。今年は約145キロの繭の収穫がありました。

皇后さまは昨年喜寿をお迎えになられましたが,この1年もまた,土日や祝日も含めほぼ連日お仕事を続けてこられました。

昨年夏には,頸椎(けいつい)症性神経根症による左肩から左手にかけての強いお痛みと痺(しび)れにより,行事の一部をお取りやめになりましたが,ご回復の後も,左指先に軽い痺(しび)れを折々にお感じのようです。また,昨年10月には,「下腿(かたい)筋膜炎」による右膝下の下腿(かたい)外側の圧痛と腫れが強まり治療を受けられました。最近では,ご起床時にかなり強い腰痛がおありのようですが,早朝のご散策により軽減するとのお話でした。長年にわたりお体を酷使されてきた影響が少しずつあちこちに現れ始めているようで,難しいことですが,これからはもう少しご休養の日数を取っていただくよう考えなくてはなりません。幸いなことに,この1年間はご病気によりご公務をお取りやめになることはありませんでしたが,この間,陛下のご看病とご手術後の健康維持にお心を配られると同時に多くの公的な仕事を果たされ,また,絶えず東北の人々への心配りをされつつ,お気の休まる暇なくお過ごしになった日々と拝見しております。

連日お仕事が続く中,自由な時間のおありのときには,読書をされたり,陛下やご訪問になるお子様方,お孫様方のために料理をされたり,ピアノを弾かれたりされています。今年も8月に草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルに参加され,アンサンブルを学ばれました。音楽家たちの奏でるヴァイオリンやチェロの音に誘われるようにピアノの音が引き出される中で,多くのことを学ばれ,中1日の短いご滞在ですが,毎年この時を心から楽しまれ,感謝されつつお過ごしになっているご様子です。

陛下のご手術後のリハビリをお支えになるためにも,毎朝のご散策を今も変わりなく続けておられますが,6月からは短い時間ですが再びテニスをご一緒にされています。

10月20日のお誕生日当日は,午前10時半から12時までは皇族方始め内閣総理大臣,衆参両院議長,最高裁判所長官,閣僚,宮内庁職員等による祝賀を6回にわたりお受けになります。正午からは皇族方始めとのご祝宴,午後からは旧奉仕者による祝賀,元側近奉仕者等との茶会,母校の先生方やご進講者等との茶会が催されます。夕刻には敬宮さま始め未成年の内親王,親王殿下方のご挨拶をお受けになり,夜にはお子さま方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。

皇后陛下お誕生日行事
平成24年10月20日(土) 時刻 出御 行事 事項 場所
午前10:30 両陛下 祝賀及びお祝酒 侍従長始め侍従職職員 御所
同 11:00 天皇陛下 祝賀 長官,次長(職員総代),参与 鳳凰の間
同 11:10 皇后陛下 祝賀 長官始め課長相当以上の者,参与及び御用掛 鳳凰の間
同 11:20 皇后陛下 祝賀 宮内庁職員及び皇宮警察本部職員 北溜
同 11:40 皇后陛下 祝賀 内閣総理大臣,国務大臣,内閣官房副長官及び内閣法制局長官,
衆議院・参議院の議長及び副議長,
最高裁判所の長官及び判事(長官代行),
会計検査院長,人事院総裁,検事総長及び公正取引委員会委員長,
原子力規制委員会委員長並びに以上の者の配偶者 梅の間
同 11:50 両陛下 祝賀 皇族各殿下 梅の間
正午 両陛下 ご祝宴 皇族各殿下,元皇族,御親族 連翠
午後 1:20 皇后陛下 祝賀 旧奉仕者会会員
(元宮内庁職員及び元皇宮警察本部職員) 北溜
同 1:40 両陛下 茶会 元長官等,元参与,元側近奉仕者,元御用掛,松栄会会員 連翠南
同 4:30 両陛下 茶会 御進講者等御関係者 御所
同 6:30 両陛下 祝賀 愛子内親王殿下
佳子内親王殿下,悠仁親王殿下 御所
同 7:00 両陛下 お祝御膳 皇太子妃殿下
秋篠宮同妃両殿下
黒田様御夫妻
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愛媛県議会で、「中国における邦人・日系企業等の保護と我が国の領土・主権の護持に関する決議」が採択

愛媛県議会で、去る10月12日に「中国における邦人・日系企業等の保護と我が国の領土・主権の護持に関する決議」が採択されました。

誠に有り難うございます。


「中国における邦人・日系企業等の保護と我が国の領土・主権の護持に関する決議

 今般、尖閣諸島の国有化をめぐり、中国において国交正常化後、最大の反日デモが発生した。日系企業の店舗・工場などが破壊され、多くの在留邦人が身の危険を感じている。極めて深刻な事態であり、まず中国政府が反日デモの鎮静化及び在留邦人の保護、企業への被害がこれ以上出ないための万全の対応を取るよう、改めて中国側に強く申し入れる必要がある。
 また、今後、情勢が更に緊迫する可能性があり、我が国の領土と主権を断固として守るため、日本政府として、毅然とした対応方針のもと、警備も含め万全の態勢を構築しなければならない。今後はそのための更なる法整備や体制強...化も早急に検討していく必要がある。
 この事態を収拾するには、日米関係をはじめとする日本外交をしっかり再構築しつつ、十分な情報を取り、分析をして、我が国として一貫した対応を取っていかなければならない。その上で、中国と緊密に話し合う必要があり、中国との外交ルートを立て直し、早急に事態の終息を図る必要がある。
 よって、本県議会は、これらを踏まえ、以下の対応を政府に強く求める。
                           記

1 中国政府に対し、反日デモの鎮静化及び在留邦人の保護、企業への被害がこれ以上出ないための万全の対応を強く求めるとともに、在中国日本大使館・総領事館の総力を挙げて、在留邦人の保護に万全を期すこと。

2 我が国の領土・主権を護持するため、日本政府として、毅然とした対応方針のもと、警備も含め万全の態勢を構築すること。そのため更なる法整備の検討や海上保安庁等の体制強化を進めること。

3 我が国として一貫した外交対応を取るため、情報の収集・分析に全力を傾注するとともに、日米の緊密な連携のもと、中国との外交ルートを立て直し、早急に事態の終息を図ること。

 以上、決議する。
   平成24年10月12日
                                愛 媛 県 議 会」

松山市議会で「尖閣諸島及び国境の島々の実効支配を推進するための法整備を求める意見書」が採択!!

去る9月28日、松山市議会において「尖閣諸島及び国境の島々の実効支配を推進するための法整備を求める意見書」が採択されました。関係議員の皆様、誠に有り難うございました。

内容は次の通りです。

「尖閣諸島及び国境の島々の実効支配を推進するための法整備を求める意見書

尖閣諸島が我が国固有の領土であることは歴史的、国際法的に明確であるが、中国が不当に領有権を主張している。このまま放置すれば我が国の領土保全は極めて不安定な状況になるおそれがある。従って、灯台や避難港を設備するなど尖閣諸島の実効支配を早急に強化し、尖閣諸島を守るという国家の意思を明確に示す必要がある。
 また、我が国は世界第6位の排他的経済水域面積を有しており、豊富な海底資源を保全し、国益を守るためにも、国境となる離島の保全・振興や無人島となっている国境の島の適切な管理を進めていく必要がある。
 よって、国においては、海洋国家日本の国益を保全するため、下記事項の実現を速やかに進めるよう強く求める。



1、我が国の領土・主権を毅然たる態度で守る意思を内外に明確にするため、領域警備に関する必要な法整備を速やかに行うこと。

2、我が国の領土主権・排他的経済水域等の保全上、重要な離島を振興する新法及び、重要な無人島について国による土地収用に係る措置等を定めた新法を制定すること。

以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

提出先 衆議院議長
    参議院議長
    内閣総理大臣
    外務大臣
    法務大臣
    国土交通大臣
    内閣官房長官」



日本会議機関誌 月刊『日本の息吹』10月号 ぜひ日本会議にご入会ください。

日本の息吹10月号
皆様、こんにちは。誠に有り難うございます。

誇りある国づくりをめざす「日本会議」の機関誌・月刊『日本の息吹』10月号です。

日本会議に入会すると、毎月お手元に届きます。未入会の方は、ぜひご入会ください。ご一緒に祖國日本を守って参りましょう。
......
ご入会は、日本会議ホームページからどうぞ。http://www.nipponkaigi.org/

誠に有り難うございます。

感謝合掌

重松会長の今月の主張 「それでも日本人か」 あれにもこれにもこの言葉

「それでも日本人か」 あれにもこれにもこの言葉
 
日本会議愛媛県本部
会長 重 松 惠 三

 「子供のころがよく思い出されるのは、そろそろお迎えが近いと言うことだ」と、近所のお年寄りが自嘲気味に言います。私もそんな年寄りになったか、昔のことのあれこれがよく思い出されます。「悪さ」をして叱られる夢も見ます。

 子供の「悪さ」「いたずら」に当然、親は叱ります。近所のおじさん・おばさんも兄さんも姉さんも「止めなさい」と諭します。そのような時によく聞いた言葉が「お前はそれでも日本人か」でした。隣近所が一緒になって子育てをしていました。

 今、目新しいことのように「社会が子供を育てる」と言う。やれ子供手当、高校無償化など賑やかです。社会が子供を育てると言いますが、昔は町内や部落でみんながやっていたことです。薩摩の郷中から偉人傑物が輩出したのもそのような日本の地域社会にあった次の世代を育てる仕組みや情念、そして高い倫理観が為さしめた一つの例でありましょう。

 子供の「悪さ」をたしなめる時、子供に一番グッと来てこたえるのは「お前はそれでも日本人か」「日本人ならそんなことをしない」など日本人を持ち出す言葉です。ぶん殴られるより効きました。今はその言葉を耳にしませんが、日本人の同質性と恥の意識からくるものでしょう。子供心にも日本人であることを疑われ否定されることに恐れを感じました。

 子供の悪さ・いたずらは、弱いものいじめ、喧嘩、人のものをとる、嘘をつく、騙す、落書きなど、大人顔負けの意識的な悪業から、笑って済ませる無邪気なものまでいろいろですが、今話題の「いじめ」は大津の中学校の件。飛び降り自殺をするまでに追い詰める。何人もが寄ってたかって一人の同級生をいじめて死に追いやる、子供の悪さを通り越して悪辣な犯罪です。学校も担任の先生も知っていながら何の手も打たない。学校・教師の使命・職分を忘れた怠慢で済む話ではなく、何もしないことが犯罪への加担になることを肝に銘じて欲しいものです。先生は勿論親も、世の大人は子供の鏡でなければなりません。

 男の子は「弱いものいじめ」は決してやってはならないことでした。女の子、年下、老人、障害のある人、他所から来た子に暴力を振るったり悪口を言ったりしてはならないときつく教えられました。そのような行為に「それでも日本人か」のお叱りです。

 子供の悪さだけではありません、今は、あちこちでこの言葉を吐きたくなります。後期高齢者の昭和十一年生まれですら昭和三十年高校卒。小学校・中学校・高校で日教組の強い影響を教室で受けて育ちました。是非善悪の物差し、道徳の規準が先生たちから受ける教育の中で大きい歪を生みました。日本国中、老いも若きもそれに気づき、改めるところがなければなりません。身勝手なだけの親、子供たちだけの話じゃないのです。

 往時、日本に来た外国人が日本人を知り、その習俗などを見て感動した話をよく聞きます。彼らに斯く言わしめたのは、日本人の本来あるべき心根に発する所作であり習慣であろうと思うのです。神話の神々から伝えられる、神ながらの道。「赤き(明き)心」「清き心」「直き心」「正しき心」。ここに私たち日本人が誇りとする日本人の心性があります。今それを失った日本人が多い。私たち一人一人が、行住座臥の間、自らに問いかけたいものです。「それでも日本人か」と。




日本会議愛媛県本部ホームページもご覧ください。
http://nippon-ehime.jp/
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