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愛媛新聞に中山会長のインタビュー記事が掲載されました。

中山会長インタビュー記事
中山紘治郎会長の集団的自衛権、憲法改正についてのインタビュー記事が愛媛新聞に掲載されました。

誠に有り難うございます。
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重松会長 今月の主張

重松会長 今月の主張

日本危うし 平和を勝ち取る「年」になれ

日本会議愛媛県本部
             会長 重 松 惠 三

 
一.行く年が静かに暮れ、来る年が平和でありますように。でも領土が危うい。

 固有の領土である竹島・北方領土は韓国に、ロシアに占領され、日本が侵略されているという現実。如何に対応し、如何なる対策を執るのか。全国民が知恵を尽くし力を尽くして取り組まなければなりません。 尖閣は中国が自らの領土と称して略奪しようと国を挙げて日本に恫喝・暴行・不法行為を繰り返します。沖縄までも狙うとか。改めて隣国支那、朝鮮、ロシアとの付き合いの難しさに憂慮深き年の暮であり、年の初めではあります。

二.「元寇」再来か。 中国支那・台湾・朝鮮の動き。

  九月、台湾の五十隻の漁船は中国と台湾の旗を押し立てわが領海に押し入ってきました。一隻百二十五万円の燃料費は大陸で成功した台湾企業。また支那と韓国の連携もありました。「文永の役」(一二七四年)は3万人の元・高麗軍が対馬壱岐博多に攻め込み日本人に蛮行残虐の限り。弘安の役(一二八一年)では高麗が東路軍、元に敗れた南宋の兵が主体の江南軍。北と西から十五万の大軍です。天皇・執権・武士・国民の敵国降伏の熱気に神風が吹き、侵略軍全滅。次の元寇は大陸に併呑された台湾が南宋の役割。あり得ることです。

三.お隣はどんな国?外交官村田良平さんと福沢諭吉「脱亜論」にはこのように

 支那について村田さん「ずるくてどうしようもない」と。明治以来今日に至るまであの国の改革発展に好意と情誼をもって力を盡した日本人は多いが、結果は無残としか言いようがない。今年、日中友好四十年、その答えは日本人に対する破壊略奪の暴民テロ。朝鮮については「主義理念なくフラフラした国」。日韓基本条約も大統領就任時の「未来志向」も弊履の如く捨てて恥じない。竹島上陸、天皇侮辱の暴挙暴言、従軍慰安婦の虚偽。

福沢諭吉の「脱亜論」は「清」が日本に恫喝・砲艦外交を盛んに且つ執拗に進めていた明治十八年のことです。二三の言葉を拾いますと「支那人は卑屈にして恥を知らざれば・・・」と。日本に寄る金玉均ら独立党の甲申政変後の悲遇を「朝鮮国は人を刑するに残酷なれば・・・」と言い。「真理原則の知見無きのみか、道徳さえ地を払って残酷不廉恥を極め、尚傲然として自制の念なきもののごとし」とし、両国との関係について「悪友を親しむものはともに悪名を免れるべからず」とその交流を憂慮します。そのような隣国と、付き合わざるを得ないことを「日本の不幸」と言います。

最近の国連演説では野田首相は品格と国際正義を説き、シナの楊外相はやくざの喧嘩。韓国の外相も延々と露骨な日本敵視演説。大国たるを誇るならば、品格と理性、世界に通ずる道義と倫理を弁えるべきです。虚偽傲慢非礼は彼らの性。日本は彼らの虚偽を事実をもって、嘘は何遍ついても真実にならないことを世界に示す責任があります。彼らの嘘に口を噤めば同類と世界は見ます。

四.明治の人は偉い。 政治はどうあれ君民一体の日本がありました

 隣国からの威嚇脅迫盛んな明治二十年前後から日清・日露戦争に至る日本の対応には、今学ぶべきものがあります。例を挙げれば明治二十六年の建艦予算。今と似て議会は否決。内廷費を充てる天皇の叡断。官吏軍人の給与一割減。国民に纏まりと覚悟がありました。 

日本の息吹 平成25年1月1日号より


日本会議愛媛県本部ホームページ
http://nippon-ehime.jp/

重松会長の今月の主張 「それでも日本人か」 あれにもこれにもこの言葉

「それでも日本人か」 あれにもこれにもこの言葉
 
日本会議愛媛県本部
会長 重 松 惠 三

 「子供のころがよく思い出されるのは、そろそろお迎えが近いと言うことだ」と、近所のお年寄りが自嘲気味に言います。私もそんな年寄りになったか、昔のことのあれこれがよく思い出されます。「悪さ」をして叱られる夢も見ます。

 子供の「悪さ」「いたずら」に当然、親は叱ります。近所のおじさん・おばさんも兄さんも姉さんも「止めなさい」と諭します。そのような時によく聞いた言葉が「お前はそれでも日本人か」でした。隣近所が一緒になって子育てをしていました。

 今、目新しいことのように「社会が子供を育てる」と言う。やれ子供手当、高校無償化など賑やかです。社会が子供を育てると言いますが、昔は町内や部落でみんながやっていたことです。薩摩の郷中から偉人傑物が輩出したのもそのような日本の地域社会にあった次の世代を育てる仕組みや情念、そして高い倫理観が為さしめた一つの例でありましょう。

 子供の「悪さ」をたしなめる時、子供に一番グッと来てこたえるのは「お前はそれでも日本人か」「日本人ならそんなことをしない」など日本人を持ち出す言葉です。ぶん殴られるより効きました。今はその言葉を耳にしませんが、日本人の同質性と恥の意識からくるものでしょう。子供心にも日本人であることを疑われ否定されることに恐れを感じました。

 子供の悪さ・いたずらは、弱いものいじめ、喧嘩、人のものをとる、嘘をつく、騙す、落書きなど、大人顔負けの意識的な悪業から、笑って済ませる無邪気なものまでいろいろですが、今話題の「いじめ」は大津の中学校の件。飛び降り自殺をするまでに追い詰める。何人もが寄ってたかって一人の同級生をいじめて死に追いやる、子供の悪さを通り越して悪辣な犯罪です。学校も担任の先生も知っていながら何の手も打たない。学校・教師の使命・職分を忘れた怠慢で済む話ではなく、何もしないことが犯罪への加担になることを肝に銘じて欲しいものです。先生は勿論親も、世の大人は子供の鏡でなければなりません。

 男の子は「弱いものいじめ」は決してやってはならないことでした。女の子、年下、老人、障害のある人、他所から来た子に暴力を振るったり悪口を言ったりしてはならないときつく教えられました。そのような行為に「それでも日本人か」のお叱りです。

 子供の悪さだけではありません、今は、あちこちでこの言葉を吐きたくなります。後期高齢者の昭和十一年生まれですら昭和三十年高校卒。小学校・中学校・高校で日教組の強い影響を教室で受けて育ちました。是非善悪の物差し、道徳の規準が先生たちから受ける教育の中で大きい歪を生みました。日本国中、老いも若きもそれに気づき、改めるところがなければなりません。身勝手なだけの親、子供たちだけの話じゃないのです。

 往時、日本に来た外国人が日本人を知り、その習俗などを見て感動した話をよく聞きます。彼らに斯く言わしめたのは、日本人の本来あるべき心根に発する所作であり習慣であろうと思うのです。神話の神々から伝えられる、神ながらの道。「赤き(明き)心」「清き心」「直き心」「正しき心」。ここに私たち日本人が誇りとする日本人の心性があります。今それを失った日本人が多い。私たち一人一人が、行住座臥の間、自らに問いかけたいものです。「それでも日本人か」と。




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